日野原重明wiki風プロフ!現在は?オリーブオイル食事で長生き?

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こんにちは。りっきーです!

最近、猫を飼い始めてから家にいる時間が増え

テレビを観る時間が増えました。

僕の家のテレビ台は低いので猫が登ってテレビの液晶をペタペタするんです!

おかげで液晶が肉球の後だらけになってしまいました。

いつもぺけぽこを叱るんですが、可愛くてついつい許しちゃうので

反省する気配がないです。

ところで、皆さんは日野原重明(ひのはらしげあき)さんはご存じですか?

(出典):president.jp

なんと100才越えの現役医師ですけど

・日本で最初の人間ドックを開設

・成人病を生活習慣病に改める

・総理大臣の主治医

・よど号ハイジャック事件に遭遇

・独自の健康法で100歳越え

終末期医療の普及にも尽くすなど、長年にわたって日本の医学の発展に貢献してきた方で

日本の医学の発展にはかかせなかった明治生まれの偉人です、

その日野原重明さん

調べたところ経歴、人生がすごすぎるんです!

様々な名言も残されており。

間違いなく偉人です。

経歴は様々な受賞歴があり情報量が多すぎるので

どんな人なのか、何をした人なのかを長寿の秘訣と併せて簡単にご紹介させて頂きます。

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日野原重明さんのwiki風プロフィール

・【名 前】日野原 重明 (ひのはらしげあき)

・【英語表記】Shigeaki Hinohara

・【性 別】男性

・【誕生日】1911(明治44)年10月4日(水)

・【年 齢】105歳(2017年7月18日没)

・【干 支】亥〔いのしし〕年

・【星 座】てんびん座

・【出身地】山口県山口市湯田〔ゆだ〕

・【現住所】東京都

・【両 親】父:日野原 善輔〔ぜんすけ〕

・【兄弟姉妹】6人きょうだいの次男

・【家 族】妻:静子さん(享年93歳)/息子3人

・【宗 教】キリスト教

1924(大正13)年 神戸市立諏訪山小学校(現 こうべ小学校)を卒業


1927(昭和2)年 私立 関西学院 中学部を卒業


1929(昭和4)年 旧制第三高等学校(京都大学 総合人間学部の前身)理科に進学


1932(昭和7)年 京都帝国大学(現:京都大学)医学部に現役合格


1933(昭和8)年 結核にかかり休学して療養生活を送る


1934(昭和9)年 復学


1937(昭和12)年 京都帝国大学(現:京都大学)医学部を卒業


1951(昭和26)年 アメリカ・エモリー大学に留学

医師を志すようになったきっかけは、

日野さんが10歳の時に母親が重病を患ってしまい命の危機に直面します。

その時にお医者さんに助けられそれをきっかけに医師を目指すことにしたそうです。

中学時代から秀才だったんですが、赤面恐怖症だったため

弁論部に入るなどして人前に出ることで克服。

大学は京都帝国大学(現:京都大学)医学部に現役で合格し入学しています。


しかし、大学に入学から一年後、日野原さん結核にかかってしまい、

休学して約1年間の闘病生活を送り、医学部の内科教授になる夢を断念する。

医学をやめて、音楽の道に進もうと考えるが、両親に反対され断念し翌年に復学します。

復学した際、病み上がりで体調が悪かったため、仕事が楽な精神科医になることを考えたらしいです。



それでも1937年には京都帝国大学医学部を無事卒業し、 京都帝国大学医学部三内科副手に就任(1939年まで)したそうなんですが

なんと副手として働いた2年間はなんと無給だったとか!

今でも研修医の間は激務の割に薄給で3割りの方がリタイアすると言われていますが

昔はもっと酷かったんですかね?


その後は病院を転々とし聖路加国際病院の内科医になり

父親が牧師をしていた教会の役員に紹介された女性と3ヶ月交際の後、

結婚もしますが、時代は第二次世界大戦真っ只中、日野原さんも志願して海軍に任官します。



1951年、戦争が終わった後、聖路加国際病院の内科医長に就任し

現在では名誉院長をされています。

その後も日本の医療業界に欠かせない人物として現役で活躍されています。

ちなみに「日本で人間ドックを」開設され

「成人病」を「生活習慣病」に改めたのも日野原重明さんです。

さまざまな賞も受賞されていて

主な受賞歴

1982(昭和57)年 日本医師会最高優功賞

1985(昭和60)年 日米医学科学者賞(フィラデルフィア医師会)

1989(平成元)年 日米キリスト教文化功労章(日本キリスト教文化協会)

1992年 第8回 東京都文化賞

1993年 勲二等 瑞宝章

1998年 名誉都民

1999年 文化功労者/中央区名誉区民

2005年 文化勲章


2010年 コルチャック功労賞

ほんとすごい人ですよね。

総理大臣の主治医?地下鉄サリン事件にも

そんな日野さん、総理大臣の主治医をされたり、

主治医を務めたのは当時の総理大臣、石橋湛山首相が脳梗塞で倒れたとき。

責任重大ですよね。

また。、あの地下鉄サリン事件でいち早く動き多くの被害者を助けました。

事件直後、負傷者の数が約5000人という非常事態というなか

聖路加国際病院が駅から近かったこともあり一番多数の患者が搬送されました。


当日たまたま院長回診だったために


いち早く異常事態に気がついた日野原院長は

全ての予定手術を中止一般外来も断り緊急医療体制を取りました。

その、迅速な決断と正確な処置のおかげで多くの人命が救われました。

よど号ハイジャック事件で命の危機

数々の人の命を救ってきた日野原重明さんですが。

ご自身が命の危機に面した出来事があります。

それは日本初のハイジャック事件である「よど号ハイジャック事件」です。

その出来事について彼は次のように語っています。

“私は11年10月で100歳を迎えました。これだけ長生きしていますと、人生には予期しない事件も起きます。1970年3月31日、日航機「よど号」のハイジャック事件に巻き込まれました。

あの日は、学会に出席するため羽田から福岡に向かっていました。飛行機が富士山頂に差しかかる頃、9人の若者が突然立ち上がり、日本刀を抜いたリーダーらしき人物が「我々日本赤軍は、この機をハイジャックした。これから北朝鮮の平壌に行く!」と叫んだのです。

彼らは手分けして、乗客とスチュワーデス120人あまりの手を麻縄で縛りました。「大変なことになった」と思った私は、自分の気持ちを確かめるため、そっと脈を測ると平常より幾分速い。やはり動揺していたのでしょう。

そのとき脳裏に浮かんだのが、子どもの頃から習い親しんでいた聖書の一節でした。「マタイによる福音書」8章26節の「なぜ怖がるのか。信仰の薄い者たちよ」という言葉です。イエスがガリラヤ湖に弟子たちと釣りに行ったとき、にわかに暴風に襲われ、舟は波にのまれそうになりました。恐れおののく弟子たちをイエスがこう叱咤し、風と湖をなだめると嵐は静まったのでした。

と同時に、尊敬していたウィリアム・オスラー医師の言葉を思い出しました。先生は「医師はどんなときでも平静の心を持つべきだ」と説いていたのです。私も「とにかく落ち着こう」と自分に言い聞かせました。

朝鮮海峡上を飛んでいるとき、「機内に持ち込んでいる赤軍機関誌と、その他の本の名を放送するから、何を読みたいか、手を挙げよ」と言って金日成や親鸞の伝記、伊東静雄の詩集、次いでドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』などを挙げたところ、乗客の誰も手を挙げませんでした。私1人だけが、『カラマーゾフの兄弟』を借りたいと手を挙げたら、文庫本5冊を膝に置いてくれました。

本を開くと、冒頭の言葉が目に飛び込んできました。「1粒の麦もし地に落ちて死なずば、ただ1つにてあらん、死なば多くの実を結ぶべし」(ヨハネによる福音書12章24節)。

機内へ強行突入があれば、私は死ぬかもしれないが、その死は何かの意味を持つのではないか……。先の2つの言葉と、文庫本を膝の上にして、私の気持ちは少し楽になったのです。

幸い、私は無事に帰還できました。解放されて韓国の金浦空港の土を靴底で踏んだとき、感謝の念とともに「これからの人生は与えられたものだ。誰かのために使うべきだ」と感じました。還暦を目前にして、そう思えたことが私の人生の後半を決めてくれたのです。”

(参照:president.jp)

極限の状況で落ち着いていられたのも

数々の人の生死に関わり、キリストの教えに従っていたからこそだと思います。

「これからの人生は与えられたものだ。誰かのために使うべきだ」

と語られていますが、人生の後半をただ生きるだけでなく

誰かの為に使うという使命感があるからこそ

人生が充実し生きる気力、長生きに繋がっているのではないかと思います。

そんな日野原重明さんはほんとにご長寿であられます。

また、ご高齢であるにも関わらず元気に活動されています。

誰もが長生きしたいとは考えますが

1番は元気で健康な状態で長生きというのが1番の幸せなんじゃないかと思います。

そんな日野原さんの長生き、元気の秘訣に注目してみましょう。

長生きの秘訣は睡眠方法とオリーブオイルが大事?

彼が実践している健康法は主に食事と睡眠です。

当たり前のように感じますが、実際にご自身が100歳を越える長寿であり、

また医師ということで説得力はありますよね。

内容は

食事について

・朝 コーヒー/ミルクなどの飲み物に、オリーブオイル

・昼 牛乳と胚芽クッキー、林檎

・夜 週2回は肉、他は魚と少し多めに食べ、その日の体調に合わせて食べ物を変える。

本人曰く「集中していれば空腹にならない」そうで

1日の摂取カロリーは1300カロリーに抑えてるんだとか。

睡眠について

・睡眠時間は5時間!

・寝る体勢はうつぶせ!

以前(96歳)までは睡眠時間が1日4時間半、週に1度は徹夜をする生活を送っていたんだとか、、、

うつぶせで寝るというのも意味があるらしく

お腹を下にして寝ることによって自然と腹式呼吸になり呼吸が深くなるらしいです。

まとめ

日本初の人間ドックの開設など日本の医療の進展にかかすことのできなかった日野原重明さん。

総理大臣の主治医、地下鉄サリン事件で陣頭指揮をとるなど多くの命を救ってきた方であり

よど号ハイジャック事件に遭遇し、今後の人生を誰かのために生きると決め

100歳を越えなお、さらなる貢献をされ続けている明治生まれの偉人です。

医学博士ならではの健康法で長生きされていて110歳までは現役を続行されたいそうです。

今後も元気なままで長生きされご活躍されることを願います。

追記

2017年7月18日に日野原重明さんが呼吸不全の為亡くなりました。

105歳でした。

ご冥福をお祈りします。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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